Gionshaezu
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修理前 表具全図
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修理後 表具全図
紙継寸法図 ■=後補推定部分
一、本書は、平成二十七・二十八年度に国宝重要文化財等保存整備費補助金により施行した、重要文化財(美術工芸品)紙本著色祇園社絵図 紙背ニ元徳三年辛未十二月云々トアリ保存修理事業の修理報告書である。
一、本書の執筆は、株式会社光影堂技師長小島知英が行い、編集を同代表取締役大菅直が行った。
一、写真は、一部を除き株式会社光影堂が京都国立博物館文化財保存修理所において撮影した。
一、寸法の単位は、特に記載がない限りセンチメートルである。
修理事業の概要
一、文化財の名称
- 種別:重要文化財古文書
- 名称:紙本著色祇園社絵図 紙背ニ元徳三年辛未十二月云々トアリ
- 員数:一幅
- 所有者:宗教法人八坂神社
二、工期
自平成27年5月7日 |
至平成29年3月31日 |
三、施工者
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- 株式会社
- 光影堂
- 代表取締役
- 大菅 直
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- 修理担当者:技師長
- 小島 知英
修理前の状況
一、品質形状(口絵写真)
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- 形式:掛軸装(筋割二段表具)
- 一文字:白地銀欄
- 総縁:濃茶地揉紙
- 軸首:木製頭切軸
- 保存箱:白木地外箱桐屋郎箱
二、寸法
本紙 | 縦167.2 | 横107.7 | |
表装 | 縦255.5 | 横117.4 | |
一文字 | 上5.5 | 下3.5 | |
中縁 | 上13.6 | 下7.6 | |
上下 | 上30.0 | 下21.4 | |
柱 | 巾4.9 | ||
軸首 | 径3.3 | 出3.2 |
損傷状況
本紙料紙及び補修紙、裏打層について
高さ約三十一センチメートル× 巾約四十七センチメートルの楮紙を十五紙継いで構成されている(口絵紙継寸法図)。継ぎは変則的で、横方向三列の内、右の一列は紙の目が横目に使用され、寸法も巾が狭く約十四センチメートルであり、縦長に継がれている。左側二列については縦目に使用されており、横長に継がれている。縦方向は五列の内、最下の一列のみ紙の目が横目に使用されている。また、使用されている料紙は、横目の物は縦目の物よりやや地合いが粗く、厚みもやや薄く感じられるが、全体の風合いは近い紙である。いずれの料紙繊維も楮であるが、簀の目はほとんど見えない。
料紙全体には細かい皺(写真1)や大きな折れ(写真2)、水損による水ジミ(写真3)などが確認できる。
糊の接着力低下、本紙料紙と肌裏紙の伸縮の差により、縮緬状の細かい皺や浮きが生じている。折畳み装だったころの皺と思われる、細かい折れ皺(写真4)も確認できる。
料紙に発生している折れは、紙継ぎに起因するものと、巻き解きに起因するものに分けられる。本紙強度が弱まることにより、亀裂や糊浮きが生じており、将来的に料紙欠失へと進行する可能性がある。また、折れ断面から紙繊維の毛羽立ちも生じており、巻き解きの毎に料紙を傷めていると思われる。
透過光観察により、肌裏、もしくは増裏後の折伏紙による補強の形跡が認められないことから、現在目立つ折れ掛軸装に装丁しなおされてから生じた可能性が指摘できる。
裏面には総裏から直接折伏紙を折れた部分にあてる応急処置が見られる。
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写真1 細かい皺
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写真2 大きな折れ
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写真3 水ジミ
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写真4 細かい折れ皺
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写真5 逆の紙継
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写真6 継ぎ目の浮き
水ジミと思われる茶褐色の汚れは一定の間隔で同様の形に並び、折り畳んだ状態で発生したものと思われる。
紙継ぎ部分には絵のズレや逆の紙継(写真5)が見られ、糊の接着力低下により継ぎ目の浮き(写真6)が見られる。また、透過光による観察では、以前の修理が原因と思われる、相剥されているような料紙の厚みムラ(写真7)が確認できる。
右端と下部、ちょうど逆「L」形の部分は、後補の可能性が指摘できる(口絵紙継寸法図(黄色い部分)・写真8・写真9)。この逆「L」形部分は、墨の滲み具合などがオリジナル部分と連動していない。また、逆「L」形部分とオリジナルとに跨る朱垣の表現も、オリジナルと思われる部分のみに朱が塗られている。 後補と思われる箇所にも、本殿付近と同様の汚れが折畳み線に沿って見られることから、制作後早い段階で後補が充てられ、折り畳んだ状態で伝来していたと思われる。
欠失箇所は、補修紙があてられている箇所と、補修紙がなく肌裏紙が露出している箇所が混在している。
欠失箇所は毛羽立ちが重なったまま補修を施されている箇所もあり、補修紙の糊代部分は糊浮き(写真10)が見られる。
補修紙は、皺と汚れのある少々灰色がかったものと、皺が少なく比較的色味が明るいものの二種類が確認できる。
本図の裏打紙も楮紙と考えられ、欠失部には過去の修理時に施されたと思われる補修紙(写真11)が確認できる。補修箇所は補修紙の輪郭が黒ずんでおり、補修時の糊による影響が考えられる。
本紙に黒い付着物が確認できる。本殿に白い絵具が確認できる(写真12)。
補彩やオーバーペイントは、目視では確認できない。
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写真7 厚みのムラ
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写真8 後補推定部分(右側)
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写真9 後補推定部分(下側)
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写真10 補修紙の糊浮き
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写真11 補修部分の黒ずみ
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写真12 白い付着物
本紙四隅に小さな針穴が確認できる(写真13)。写しを作成した際にできた針穴である可能性も指摘できる。
折畳み・付箋等
折畳み装であった時期の折畳み線だと思われる箇所に、茶褐色の汚れが見られる。特に中央部分の二本が他と比較して目立つが、折畳み線上から少しずれて汚れているように見える(写真14)。線状に見える茶褐色の汚れが折り目によるものならば、折畳み装であった時期に、折り目の変更があった可能性も指摘できる。
長辺の折は水ジミの形状から六か所程度(一折十八センチメートル程度)の折り目が予想できるが、短辺の折目は明確には想定できない(巻末 折畳み位置想定図1・2)。
本殿などの数か所に付箋が貼られているが、亀裂が生じており危険な状態である。
絵具層の状況
絵具は墨、藍、胡粉、緑青、朱、岱たいしゃ赭が確認できる。
胡粉と岱赭を中心に絵具が剥離し、薄れが目立つ。墨や胡粉、岱赭などで塗りつぶされていた箇所が、表面の擦れや折れ、亀裂により色が薄くなり、部分的に毛羽立ちが生じており、剥落の危険性が非常に高い(写真15)。
岩絵具を使用した絵画では、いわゆる「緑青焼け」の症状が多々見られるが、本作でも緑色の絵具を木々の生え際などに多用されており、その部分の褐色化が確認できる(写真16)。褐色化が見られる箇所は、将来的に紙の硬化が進み、料紙が剥脱する危険性がある。
後補と思われる逆「L」字部分の表現は、オリジナル部分と比較して筆使いが荒く、墨の滲みが目立ち、建物の線にも歪みが認められる。また、オリジナル部分に後補と思われる加筆が施されており、建物が増えるに従って書き足していったように思われる(写真17)
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写真13 針穴
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写真14 茶褐色の汚れ
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写真15 剥落の危険のある絵具層
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写真16 緑青焼け
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写真17 後補推定部分の筆使い(右側)
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写真18 裏面墨書
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写真19 総裏紙に付着した汚れ
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写真20 軸木の隙間
表装について
一文字が裂、総縁は揉み紙で表装された筋割風帯を伴う形式である。
裏面の墨書より、前回の修理は明治三十七年六月に京都帝室博物館の監督のもと、装潢匠上谷金造という人物が行ったことがわかる(写真18)。その際、絵図の折畳み装から、現在の掛軸装に改装されたとの記述があり、現在取り付けられている揉み紙や裂もこの時期のものだと考えられる。
表装に使用されている揉み紙の茶色の絵具が総裏紙と擦れ、広範囲に付着している(写真19)。揉み紙は礬水引きした和紙に薄墨を引き、その上から水干絵具などの粒子の大きな絵具を厚めに塗布して作成する。接着剤としてはほぼ礬水液のみであり、そのため絵具が非常に剥落・飛散しやすいため、裏面の汚れの一因になっている。
一文字のみ裂を用いており、本紙、総縁と比較すると一文字部分の硬化が目立つ。それにより、本紙と総縁に接する一文字の部分に強い折れが発生している。
柱は約四・九センチメートルの巾寸法が取り付けられているが、全体の絵図の寸法から見ると少々細い印象を受ける。
軸首にはぐらつきが見られ、軸木と表装の接着力も弱まり、隙間が生じている(写真20)。
啄木の掛け緒は細く弛み、テグスを紐の代用としている。
保存箱は、底面に真田紐が通る仕様になっており、出し入れの際に紐が本紙に擦れて傷めてしまう危険性がある。また、内側に木のアクの発生が認められる。
修理後の状況
一、品質形状(口絵写真)
- 形式:袋表装
- 総縁:萌葱地二重菱に木瓜花綾
- 筋裂:白茶地無地裂
- 軸首:紫檀頭切軸
- 保存箱:黒漆塗台指外箱 桐屋郎箱 桐太巻添軸
二、寸法
本紙 | 縦 | 一六九・四 | 横 | 一〇九・三 |
表装 | 縦 | 二五六・〇 | 横 | 一二六・六 |
総縁 | 上 | 五三・〇 | 下 | 二六・六 |
柱 | 巾 | 八・一 | ||
風帯 | 巾 | 八・五 | ||
軸首 | 径 | 三・六 | 出 | 三・三 |
三、使用材料及び製作者等
補修紙 | 薄美濃紙 | 長谷川和紙工房 | (岐阜) |
肌裏紙 | 薄美濃紙三匁 | 太田弥八郎 | (岐阜) |
増裏紙 | 美栖紙 | 上窪良二 | (奈良) |
中裏紙 | 美栖紙 | 上窪良二 | (奈良) |
総裏紙 | 宇陀紙 | 福西和紙本舗 | (奈良) |
折伏せ紙 | 薄美濃紙 三匁 | 長谷川和紙工房 | (岐阜) |
総縁 | 萌葱地二重菱に木瓜花綾 | 廣信織物 | (京都) |
上巻絹 | 平織絹 | 廣信織物 | (京都) |
軸首 | 紫檀軸 | 速水商店 | (京都) |
保存箱 | 桐屋郎箱桐漆塗台指外箱桐太巻添軸 | 黒田工房 | (京都) |
修理方針
修理前の損傷、及び前述の特記事項を踏まえ、所有者及び文化庁、京都府担当者との協議の上、以下の方針に基づいて修理を実施した。
本紙について
剥離の危険性のある絵具層には剥落止めを施し、絵具層を安定させた。
旧補修紙は部分的に再使用しても新しい補修紙との違いが目立つと思われるため、全て取り替えることとした。
本紙欠失箇所には本紙と同様の組成の紙を用いて補修を行った。その際、予め矢車附子などの天然染料で本紙基調色に似合う色味の補修紙を作成し、補修後に行う補彩は、全体のバランスを考慮して必要最低限の色味と手数にとどめた。
紙継ぎのずれに関しては、本紙に損傷を与えずに修正できる箇所は絵が連続するように戻したが、安全に戻せないと判断した場合は現状のままとした。
裏面の墨書については、裏打を施して保存箱の中に別置することとした。
本殿などに貼り付けられている付箋に関しては、一度取り外して補修し、プレス後に再び取り付けた。
料紙と補修紙・裏打紙が緑青焼けや劣化により一体化している箇所があると想像されることや、本紙の大きさを考慮した結果、水を多く使って短時間で肌裏紙除去を行うことは困難と判断し、養生紙と布海苔で表打を施して本紙の表面をいったん固定し、乾燥後に裏面からわずかな水分を与えて少量ずつ旧肌裏紙を除去する方法(いわゆる「乾式肌上げ法」)を採用した。
折伏せを施し、現状の折れと共に将来的に発生する恐れのある折れを予防することとした。
表装について
形式は筋を回した袋表装とし、所有者と協議のうえ表装裂地を選択した。
軸首、発装、軸棒、鐶、啄木紐、太巻、二重箱を新調した。軸首は、所有者と検討の上、現状と印象が大きく変わらない物を選択した。保存箱は、太巻添軸の新調に伴い現在のものを再利用できないことから、新たに製作した。
修理工程
一、写真撮影・調査
修理前に写真撮影を行い、本紙の現状を把握するとともに、損傷を可視化し、記録として残した。顕微鏡にて紙の目や絵具を観察したのち二十倍の顕微鏡写真撮影を行った(写真21)。
絵具層の接着強度を確認するため、パッチテスト(吸取紙の小片を湿らせて描画材料の上に置き、色の移動を確認すると同時に、水に弱い箇所を把握する) を行い、剥落止め時の参考とした(写真22)。
白く柔らかい筆を用い、乾燥した状態で表面の汚れを除去した後、解体に際して剥落の恐れがある絵具及び料紙片に対して、膠水溶液及び布海苔水溶液にて仮止めを行った。
二、解体
旧表装から裏面にある墨書を取り外し(写真23)、本紙の付廻し小口から僅かな水分を用いて表装から本紙を取り外した。その後、縁紙を取り付け仮張りした(写真24)。
三、剥落止め(一回目)
クリーニングに際し、剥離・剥落の恐れのある本紙及び料紙に、兎膠水溶液を用いて剥落止め及び仮止めを行った(写真25)。
料紙の毛羽が立ち欠落の恐れのある料紙片に、布海苔水溶液を用いて仮止めを行った。料紙との接着が甘いと判断した絵具層には、一パーセントの兎膠水溶液を用いて剥落止めを行った。
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写真21 調査
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写真22 パッチテスト
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写真23 墨書取り外し
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写真24 解体
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写真25 剥落止め
四、透過光撮影
本紙を透過台に乗せ、下から光を当て、透過光写真を撮影した(写真26 )。
五、仮裏打
取り外した本紙に水分を与え、総裏紙を除去した(写真27)。その後、厚手の石州紙と小麦粉澱粉糊を用いて仮裏打を施した(写真28)。
六、クリーニング
仮裏打後の本紙表面から噴霧器を用いて濾過水を噴霧し、本紙の下に敷いた吸取紙に汚れを移動させる方法にて汚れを除去した(写真29)。
七、剥落止め(二回目)
仮裏打を行い平滑になった本紙に、剥落止めを施した(写真30)。
膠は一か月程度の時間をかけてゆっくりと完全に固着することから、余計な引張強度を与えないためにも、膠の使用量を最小限に抑えた。剥落止めは適切な乾燥期間を設け、二~三回に分けて薄い膠水溶液を塗布した。
八、位置の修正
本紙料紙が歪み、折れ曲がっている箇所の修正を行った。
九、付箋取り外し
付箋は一旦全て取り外し、写真撮影を行い記録した。
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写真26 透過光撮影
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写真27 総裏紙除去
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写真28 仮裏打
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写真29 クリーニング
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写真30 剥落止め
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写真31 表打
一〇、表打
緑青焼けなどにより補修紙と裏打紙が劣化し、除去に時間がかかると予想されることと、表面が擦れなどで薄くなっており、細かな亀裂もあること、また本紙には表面のクリーニングでは除去しきれない経年の塵芥などによる汚れが蓄積されているとも思われることから、表打除去の際に布海苔によるクリーニング効果を得られると考え、本作品の裏打紙の除去に際しては、表打による方法(いわゆる乾式肌上げ法)を採用した。
常温抽出した布海苔と、二種の厚みのレーヨン紙(一二グラム/一八グラム)と楮紙を用いて三層の表打を行った(写真31・32)。
布海苔は常温による抽出とした。理由としては、肌裏打後の表打除去を容易にし、不必要な布海苔を画面表面に残存させないためである。煮出し抽出による布海苔よりも常温抽出による布海苔の方が透明感があり、色味が少なく、かつ水と馴染みやすく除去も容易である。但し欠点として、常温抽出布海苔は接着力が弱いため、表打が外れやすい点が挙げられる。そのため、通常二十四時間で抽出するべきところを四十八時間抽出し、通常用いられる常温抽出布海苔よりも強い接着力を持たせることとした。
一一、旧肌裏紙除去・旧補修紙除去
表打乾燥後、本紙を樹脂版に貼り込み平滑にした状態で、本紙裏面からわずかな水分を与えて少量ずつ旧肌裏紙を除去した(写真33)。また、除去が決定した旧補修紙を除去した(写真34・35)。
一二、表打除去
三層目・二層目の表打及び残存する布海苔の除去を行った(写真36・37)。
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写真32 表打後
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写真33 旧肌裏紙除去
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写真34 旧補修紙除去
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写真35 旧補修紙除去後
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写真36 表打除去
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写真37 布海苔除去
一三、本紙継目の修正
布海苔を除去した後、本紙の継目を可能な限り修正した(写真38・39)。
一四、補紙
紙質検査や顕微鏡にて観察して得られたデータを元に、本紙組成と同様の補修紙にて補修を行った(写真40)。
補修紙には矢車附子などの天然染料を木灰にて媒染定着させ、本紙料紙と違和感がないように染めた紙を用いた。
本紙が二層に捲れていた箇所は元に戻し、薄い新糊で接着した。
一五、肌裏打
補修の済んだ本紙に新糊を用いて肌裏打を行い、その後一層目の表打を除去した。肌裏紙には薄美濃紙を用いた(写真41)。
一六、増裏打
本紙に美栖紙にて古糊・打刷毛を用い、増裏打を行った(写真42)。
一七、折伏せ及び増裏打
亀裂及び折れが発生している箇所、及び今後発生すると予見される箇所に、細い帯状の楮紙による折伏せを施して補強し、再発及び今後の進行を防止した(写真43)。折伏せは強度を持たせるために楮紙の横方向で作成した。
折伏せを挟み込むように二回目の増裏を施してから仮張板に張込み、一旦本紙を平滑にし、安定させた
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写真38 継目修正前
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写真39 継目修正後
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写真40 補紙
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写真41 肌裏打
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写真42 増裏打
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写真43 折伏せ入れ
一八、裂の準備
新調した裂地は、美濃紙にて小麦澱粉糊を用いて肌裏打を行った(写真44)。
その後、美栖紙にて古糊・打刷毛を用い増裏打を行い、本紙との厚み・腰を調整した。
一九、付廻し
新調した表装裂地を本紙と付廻した。前回の付廻し代を全て出すため、本紙の四方に新たに施した補修紙上で付廻しを行った(写真45)。
二〇、中裏打及び耳折
美栖紙にて古糊・打刷毛を用い、中裏打を行った(写真46)。
本紙と表装裂とのバランスが取れていないことが折れの一因となっているため、中裏打を行うことで、適切な厚みを掛軸自体に持たせ、本紙と裂地の柔軟性を合わせた。
仮張りを行い、耳折を行った。
二一、補彩
中裏後に仮張りし乾燥させたのち、補彩を行った。全体の色調の調和を図るため、違和感のない色味にて必要最小限の補彩をおこなった(写真47)。
補彩には藤黄及び棒絵具の洋紅、本藍の三種類のみを混色して用いた。
二二、付箋戻し
付箋は補修を行い、新糊を用いて元の場所に貼り戻した(写真48)。
二三、総裏打
宇陀紙にて古糊・打刷毛を用い、総裏打を行った(写真49)。
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写真44 裂の肌裏打
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写真45 付廻し
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写真46 中裏打
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写真47 補彩
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写真48 付箋戻し
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写真49 総裏打
二四、表張り
総裏後の本紙を湿し、画面を表にして仮張りを行った(写真50)。
二五、裏摺
表側より十分に乾燥させたのち仮張りから取り外し、裏面から裏擦を行った(写真51)。
二六、裏張
裏側を表にして仮張り乾燥を行い、表装を安定させた(写真52)。
二七、仕上げ
十分に乾燥させた本紙を仮張りから取り外し、耳を漉き、紫檀軸首を取り付けた下軸、発装、金具、紐を取り付けて掛軸装の形に仕立てた(写真53・54)。
二八、納入
包裂、桐太巻添軸、桐屋郎箱、黒漆塗台指外箱(写真55)を新調し、修理した本紙と旧裏書墨書を納入した。桐太巻添軸を取り付けることにより、本紙の折れの再発を防ぎ、また新たな折れへの予防とした。桐には調湿作用と密閉作用があり、本紙を長く安全に保管する材として適している。
包み裂に包んで納入することで、箱から本紙を取り出しやすくした。
修理後の旧肌裏紙や裂などは別途整理し、元の箱に納入した。
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写真50 表張り
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写真51 裏摺
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写真52 裏張
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写真53 仕上げ
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写真54 紫檀軸首・金具
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写真55 保存箱
特記事項
本紙の裏面に直接施されている墨書について
修理前の調査で透過光にて本紙の観察をした際、本紙裏面に直接施されている墨書の存在が確認できたため、本紙の肌裏紙除去後、写真撮影及び記録を行った(写真56・57)。
祇薗御社絵圖
元徳参秊辛未十二月 日 大繪師法眼隥(ママ)圓 造進
裏面墨書(元禄)について(修理後は別置保存)
当初は下記修正前のように読まれていたが、継目箇所の痕跡があること、欠失、絵具焼けの痕跡等を本紙と照らし合わせて確認した結果、本殿の屋根辺りから南門にかけての部分の裏打紙であることが推定でき、元は本紙裏面墨書と同じ配置であったことが判明した。
修正前(写真58)
- 造進 以上之文言裏打紙之中ニ蔵
- 正 元禄辛未年此裏打致時見出訖
- 祇園御社絵圖
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- 元徳参季(ママ)辛未一二月 日
- 以上之文言裏打紙之中ニ蔵
大繪師法眼隥(ママ)圓
修正後(写真59)
- 祇園御社絵図
- 元徳参季(ママ)辛未十二月 日
- 祇園御社絵圖
- 元徳参季(ママ)辛未一二月 日
- 大繪師法眼隥(ママ)圓 造進以上之文言裏打紙之中ニ蔵
- 正 元禄辛未年此裏打致時見出訖
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写真57 本紙裏面墨書(透過光)
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写真58 裏面墨書(元禄)修正前
裏面墨書(明治)について(修理後は別置保存)(写真61)
- 此圖原ト表装ナシ周圍ニ破綻ヲ生シ展観ニ不便
- ナルヲ以テ明治三十七年六月掛幅ニ改装ス
- 董工及給資 京都帝室博物館
- 京都市夷川通東洞院東入
- 装潢匠 上谷金造
付廻しについて
前回の修理で折畳み装から掛軸装に改められた際、周囲の表装(揉紙)が本紙上に重ねて付廻され、表現が隠れていた箇所があった。今回の修理においては、従来隠れていた部分が見えるように表装裂地の付廻しを行った(写真62〜64)。
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写真62 付廻し 修理前
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写真63 同上 隠れていた箇所
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写真64 同右 修理後
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折畳み位置想定図1
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折畳み位置想定図2
修理報告書
重要文化財 紙本著色祇園社絵図(八坂神社蔵)
平成二十九年三月三十一日
編集 株式会社 光影堂
〒604-8173 京都市中京区姉小路通室町東入柿本町四〇五
〒605-0931 京都市東山区茶屋町五二七 京都国立博物館文化財保存修理所
不許複製©2017 株式会社 光影堂