御祭神

御本殿(十三座)

中御座 素戔嗚尊(すさのをのみこと)
東御座 櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)
御同座 神大市比売命(かむおおいちひめのみこと)・佐美良比売命(さみらひめのみこと)
西御座 八柱御子神(やはしらのみこがみ)
八島篠見神(やしまじぬみのかみ)
五十猛神(いたけるのかみ)
大屋比売神(おおやひめのかみ)
抓津比売神(つまつひめのかみ)
大年神(おおとしのかみ)
宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)
大屋毘古神(おおやびこのかみ)
須勢理毘売命(すせりびめのみこと)
傍御座 稲田宮主須賀之八耳神(いなだのみやぬしすがのやつみみのかみ)

素戔嗚尊(すさのをのみこと)

和歌神

『古事記』には素戔嗚尊が櫛稲田姫命と結婚の折、ようやく落ち着かれた心を「我が心すがすがし」といわれ、その後に、「八雲たつ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣つくる その八重垣を」と詠まれたことが記されている。

この歌はわが国最初の三十一文字の和歌とされており、紀貫之は『古今和歌集』仮名序に
ちはやぶる神世には 歌の文字も定まらず すなほにして 言(こと)の心わきがたかりけらし 人の世となりて すさのをの命よりぞ 三十文字(みそもじ)あまり一文字(ひともじ)はよみける
と記し、歌人たちは素戔嗚尊を歌聖と仰ぎ、当社には多くの和歌が奉納された。有名なものとしては元久元年(1204)に藤原俊成が奉納のために詠んだ『祇園百首』がある。

また、祇園の神の託宣歌としては、鎌倉時代後期の勅撰歌集『玉葉和歌集』に、「わが宿に 千もとの桜 花さかば うゑおく人の 身もさかへなむ」、鎌倉時代の仏教説話集『撰集抄』の「祇園示現」の項に、「ながき世の くるしき事を 思へかし 仮のやどりを なになげくらん」がある。


御神木

『日本書記』神代巻には「一書に曰く。素戔嗚尊曰く。・・・(中略)・・・及ち鬚髯(ひげ)を抜きて之を散つ。即ち杉に成る云々。」とあり、素戔嗚尊の鬚が杉になったことが記されている。また、先の『祇園百首』の中には「あふさかの 杉より椙に かすみけり 祇園精舎の 春のあけぼの」、さらに『梁塵秘抄』には「祇園精舎のうしろには よもよも知られぬ杉立てり 昔より山の根なれば生ひたるか 杉 神のしるしと見せんとて」とあり、当社は杉の木との関わりが深い。元徳三年(1331)に描かれた社蔵の重要文化財『元徳絵図』には本殿の後方に杉の大木が描かれており、江戸時代の『祇園社年中行事』また諸地誌には、杉葉をお守りとして授与していたことも記されている。